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評論

ここでは、「評論」 に関する記事を紹介しています。
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尊敬できる政治家は、最近でも何人かいますが、中でも中川昭一さんを尊敬していました。

死因について何かしらの陰謀説もあり、それが事実なのかどうかも分からない。

その夜も彼は過剰にアルコールを摂取し、かつ薬剤も飲んでいた。

いつも一人で悩み、自殺するという子どもにはそうしないよう手紙を送った。

いつも自分の精神をすりへらして、弱い人に優しく、かつ妄言者を強烈に批判され、そしてストレスをためたあげくに、お亡くなりになられた。

よほど今時の選挙だけで考えを表明する政治家よりエライのになぜ死ななければならんほど、追い詰められたのか、かわいそうで仕方ない。

私は男性優位論者ではない。しかし、女性の政治家にろくでもないのが多すぎる。

はっきり言えば、辻本清美、蓮舫とかあのたぐいである。蓮舫は熱湯風呂にでも浸かってろ。

ドイツ、英国、そのほかの国でこれほどひどい女性議員が跋扈する国はなかろう。はるかに優秀な女性は現に日本にもいらっしゃるので、そういうかたに前に出てきていただきたいのです。

女性は男性より強い。これは太宰も指摘していることである。私もそう思い、そのような小説を書いている。なら、そういうかたが是非と思うのである。
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第二次大戦で空母で先制攻撃を与えることがいかに重要か、日本の真珠湾攻撃、英軍との海戦で明らかになった。英軍は当時、最強とされた二隻の戦艦を失い衝撃を受けた。

以来、正規空母(搭載艦載機40機以上、くらいを指す)は海軍力の象徴である。

航空機がジェット化されてから、艦載機の数を維持するのには極めて高いコストが必用で、正規空母を運用するのは米軍のみである。

では、空母が不必要かというとそうではなく、局地戦では極めて重要となる。これは第二次大戦の護衛空母で証明されている。

そこで、護衛艦いずも、が建造された。おそらくはF35戦闘機を8機ほど搭載できる護衛空母に改装されるであろう。

なんとやら新聞とかが批判しようと、中国の軍事力拡大を自衛するにはしかたのないことだと思う。
 愛ははぐくんでもいつか枯れる日が来る。

 永遠なんてものはない、神がいるのなら話は別だが。

 育てた花も枯れるし、しかしやがてそこから芽が出る。


 このレーダーは火器管制レーダーなので、標的をとらえ、攻撃準備するためにある。

 それをむやみに数分間もあてたというのだから、演習でもないかぎりはあり得ないし、そんなこと田母神某氏も知ってるだろうに(分かっていて言ったのかもしれないし、本音なのか冗談なのかよくわかんない発言しちゃう人なので)。

 それは、艦艇の少ない国が不慣れなため、やってしまうということはあるかもしれない。あるいは、あきらかに外交関係の悪い隣国同士とか。しかし、韓国軍である。イージス艦すらもっている国である。司令官が発令しない限り、間違ってやったとは考えられない(あるいはそこまで指揮統制系統が乱れてるのかもしれないが)。

 さすがに撃たないと思ったのか、ただちにチャフ、フレアをばらまくようなことはしなかったようだが、緊張感は走っていたと思う。

 現場責任者の謝罪くらいはあってもよいかと思っていた。このくらいやっても日本なら大丈夫、という最近の日韓関係を反映した挑発にさえおもえる。そうではなく、そこまでやってしまう現場だけだった、というだけの話なら、モラルがなってないね、というだけですね(だっていくらなんでも大統領が頭下げたら政変になっちゃうだろうし)。




精神を病んで以来、哲学を勉強している。主に仏教。

そこに存在していないものに意識をめぐらすのは馬鹿げている。

今、目の前にあることだけに集中すれば楽になれるのに。

ごく単純なこと、ではある。

先を憂うのは人間の愚かさでもある。

ファブレス。聞き慣れないかも知れない。

もとは半導体からはじまった。全ての製造工場をアジアに委託し生産させ、自社は設計と販売しかしない。

先進国で工場を持つ、というのは利益を追求する資本主義社会では最大のリスクである。

人も雇い、銀行から借金をして巨大な工場を建てる、それには兆に及ぶカネがかかる。

人件費だって高い。その上に製造業では、よけいに人手がかかる。

だから、ファブレス化するのである。

本当にこわいのは知能を持たない人工知能なんかではない。AIに知能があると考えるのは大衆経済誌と馬鹿者だけである。

AIは人の仕事を奪うだろうが、AIはものを発想もしないし考えもしない。

AIや操作対象となる自動機械と製造設備(ただし国外)、新興国労働力があれば、日本の製造拠点は流出し、労働力を要らなくさせてしまう。

のこるのは、ごく一部の考えられる、設計できる、発想ができる人たちであり、ますます格差は広がる。

そのような人たちは残念だが、いつまでたってもごく一部でありつづけ、残りの人たちは消費するだけの人だからである。

だから、わたくしたちはいつまでも個人個人が独創的であらねばならないのである。

世界に一つの花であるのなら、花を咲かせなければならない。そうしないと食えないのである。




 人は見かけによらない、とは言うが、三十も超え四十にもなると見かけによるようだ。

 若い人については意外に思う行動と身なりの違いがあるものだが、段々と行動を繰り返しているうちにその容貌に気質があらわれるようである。

 阿呆ならそれなりの、見かけ倒しの人物であるならそれなりの容貌に変化していくように思える。

 女性の方がより大きくその差が現われるようにも思えるが、その人の社会進出の度合いにもよるのかもしれない。

 男性では社会的立場などがあるので、繕ってはいるが、ま、見ればわかる。

 なんでだろ。


 むかし、アスキーという雑誌に女子大生のエッセイが書かれていた。

 「yoのけそうぶみ」というタイトルで、今から考えれば自意識過剰気味の理系女性の日記みたいな物で、いわばブログ的なものである。

 あの頃は、理系女性というのは非常に少なかったので、雑誌でも取り上げられていたが今見ると、大したことはない文章ではあった。しかしながら、当時のコンピュータとそれを扱う人々のマイナーさを思い起こさせるものであり、感慨はある。


 法律が成り立ってしまった。

 非常に心配なのが医師である。

 病院勤めの医師、年収おそらくは1000万程度であろうに。

 かなり重税感が強い年収である。

 せめて2000万とか、その程度で税率が緩いとか、労働が軽いなら良いが彼らの多くは重労働である。

 私はとても心配しているのである。

 平均所得の世帯も例外だと思ってはいけない。

 消費税と同じように改正されていく可能性があるからだ。

 リンクをはっておく。

 「年収1075万以上」が「300万円以上」になる日


 
意外に簡単だが奥がふかくてやりたいことができるようにならない。

若くはないしね。
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