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評論

ここでは、「評論」 に関する記事を紹介しています。
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 このSIRモデルで重要な点は、最初の式にある。

 かんたんに説明しておくと、(ある確率)×(感染していない人の数)×(感染している人の数)、が患者の増大速度に関係している。つまりだよ、しまいには全員が感染して(要するに集団免疫を獲得して)、感染が終息するというモデルである。

 ロックダウンを実行する理由は、(感染していない人)×(感染している人)の大きさを下げることに相当する。人に会わなければ感染しないという理屈である。

 (ある確率)はようするにどれくらいうつりやすいか、という指標だから、この時点でモデルは適当になってしまう。

 しかも、これは閉鎖された体系にしか成り立たない。つまり、鎖国状態での理屈だ。外国との交易が再開されたら破綻するモデルなのだ。すでに中国は潜在的感染者が多いと予想されるにもかかわらず、経済活動を始めているから、中国とのやりとりをした時点で破綻する。

 スウェーデンが外出禁止措置をとらないのは、集団免疫を獲得しないかぎり終息しないという理屈によるものだ。ただし、この方法では一時的には感染者が増大し、医療機関への負担が大きくなり高齢者の死亡率も必然的に高くなる。そこはおそらく正しく、スウェーデンは覚悟を決めたのだろう。

 こんなもの、指標にはなるけれどまともそうに語るやつは信用ならないよ。このモデルには外国からの感染者流入、新薬の開発とかウイルスの変異も入っていない。ようするに指標であってあくまでも数式上のはなしなのだ。


 
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 モデルとしてだが数学的に伝染病の蔓延と終息に関する理論がある。

 とても簡単なモデルで、これをいかにも万能であるかのように主張するアホ学者や大学院生がいるわけである。

 ほんとにどうしょうもなく、動画サイトとか見てると上から目線でいかにもまともそうに語るのである。

 数式は専門家から見れば、実に単純なもので当たり前のことを数学になおしたに過ぎない。

 しかも、重要なパラメータは適当である。実にけしからんのである。

 パラメータこそが、重要であるのだがそこを適当にしてるし根拠もあまりないので信用してはいけません。

 理屈はSIRモデルと呼ばれる。実に単純なのだがこれを「大衆には理解できない」とかいって偉そうに語ってるのである。

 ごく、単純な話なので、単なる掛け算で説明できる理屈である。


 テレビで嘘垂れ流してる方とかいるが、あんまりにもなので。

 まず、「ワクチンはできるか」について。
 本庶先生もおっしゃられているようだが良いワクチンはできない。ワクチンができないといっているわけではなくて、「良い」ワクチンはできないだろうということである。

 理由はコロナウイルスが一本鎖RNAウイルスで変異を起こしやすく、インフルエンザの予防接種でも起こることだがワクチンをうっていても流行が起こりえるからである。

 では、どうすれば終息するかというとよく言われる「集団免疫の獲得」で、多くの人が感染して抗体を持つようにすることである。そうなれば多種の抗体が存在するために、ウイルスが変異したとしてもその生存が困難になる。しかし、急激にこれをやろうとしたスウェーデンでは感染拡大が制御できなくなりつつある。

 ということは、いかに感染速度を抑制しつつ集団免疫を獲得するか、ということが課題になってくる。日本のやり方は、強制隔離でもなければ完全放置でもなくて、中途半端な状態である。ではあるが、これが感染爆発を抑えながら免疫を獲得していく良い方法だったのかもしれない。結果論になってしまうけれども。

 なんでもそうだが、急激にものごと進めようとすると、効果が得られればいいが、そうでなかった場合の対価が高くついてしまう。どっちつかず、というのもありかと思う。

 おそらくは、日本人の抗体検査をすれば多くの人が陽性になっているのだろうし、それは徐々に増えていくのであろうと思う。


 馬鹿々々しい話ではあるが、現代はくだらない競争事で金をあつめた人間がえらいことになっている。

 昭和後半が夢のように語られるほど、ろくでもない連中がバッコし、いばってるわけである。

 面白半分の競争ならいいが、生死をかけた競争なんぞ物質のあふれた社会ですることかよ。より共感できる人が損をするようにできてるってどういうことだ。もとより金なんぞ、ただの数値だということに早くきづかねばならないのだ。


 だいたいだよ、新聞とかいうのはインテリが作ることになってるわけだ。

 でこいつらがじつはインテリじゃないわけだよ。記者クラブなんか作ってる場合か。

 「ヘキサン」を「ヘキ酸」と表記して、謝罪の一つもないのである。なにが天の声をして人が語る、だ。そんなもの写経させるノートなんぞ売ってるのである。おまけにやくに立たない社員から首にしようったって、退職金ふくめ六千万である。消費税もきちんと払え、新聞は消費税減税の対象にしてもらってるくせしやがって、じつに腹立たしい。これまでほどネットメディアが発達すれば、発行部数だって減るにきまってるだろうに。



 北欧の少女まで持ち出して、なにやってんだろうね。しょせん、環境問題なんてのはカネの問題なのであり、それで儲けようって組織がたくさんあるからだよ。じゃあなかったら、とっくに電力会社が太陽光や風力を大々的にやるだろうに。そうしないのはコスト的に不利なんだよ。ハイブリッド車だって、個人で買ったら絶対に元は取れない。ガソリン車との差額は営業車でもない限り埋められない。

 少なくとも日本は温暖化傾向だろう。夏はむかしは30度を超えたら暑いとおもったものだが、最近は35度とか当たり前だ。

 しかし、江戸時代中期まで日本は温暖であり、鎌倉時代なんて徒然草では縁側で布団もかけずに寝たとか書いてあるわけだ。寒くなったのは江戸中期以降であり、昭和20年代までは寒かった。東京でも雪が積もることはまれではなく、二・二六事件では積雪の中、将校たちが決起した。太宰は積雪の上に喀血した、と書いた。温暖化はそれ以降である。

 いくらなんでも二酸化炭素の微々たる増加を持ち出すのなんざ、「一つの仮説」としてはいいが「真実」かといわれると誰にもわからないし、ppmオーダーのガスがもたらす温暖化なんぞあやしいと考えたほうが自然である。そもそも、気象学自体が計算科学的にかなりの限界に達しているのに、予測なんぞできるというほうがおかしい。

 うそがいっぱいまかり通っているのに、それを信じ切ってる経済学者とかはもうどうしよもない。


 ほぼすべての分別回収されたPETボトルは再生されず、焼却処理される。

 再生するためには熱をかけなければならないので、PETの繊維が短くなりとくに炭酸容器などでは内部圧力に耐えられないような低品質のものになってしまうから。

 プラスチックというのは案外、分解しやすくて、マイクロプラスチックがなぜ小さくなるかといえば、腐食されて分解されているからである。

 PETの材料は石油の中でもかなり価格の安い分を使っているので、それだったら新しく作って古いのは石油と同じように燃やしてエネルギーにしたほうがいい。

 なぜか、リサイクルの目玉になっているのだが、実は今、再利用のためにPETではなくアルミ缶に変えよう、という動きがある。アルミなら劣化することなく完全にリサイクルできるからだ。

 リターナルびん、という選択肢もあるが今や重いので輸送に必要な燃料、洗浄コストを考えればアルミのほうが経済的である。天然ボーキサイトを電気分解して作るより、再利用した方が安上がりだからだ。



 デフレである。それはそうだろう、と思うわけだ。

 モノがあふれてネットでいつでも手にいれることができる。相対的に、カネの価値が上がってるのが日本の現状である。いくら札を刷っても買いたいものなんてそうそうないわけだよ。ほしいものは「安心」であり、それはカネだからいつまでたってもデフレは続くわけだよ。

 当たり前で、経済成長期ではないからインフラ投資もかつてほどする必要もなく、農地を広げる必要もない。電気製品は安いアジア製で十分な水準になっている。だから、カネをつかって何かを得ようという意識が低くなっている。むしろカネを持ってないと不安で仕方がないから、ため込んでる連中がいるわけだ。余裕があれば、だけども。余裕がない、と言っている人たちだって食い物に困ってるわけではない。しかし、カネが手元からなくなったら「自己責任」の世の中だから、世間には食い物が余っていたって自分の食い物を手に入れられなくなる可能性もある。それが、不安なのである。

 不安を取り除こうという考えがこの国には少なくとも、それが可能な人たちの意識として不足している。なにが自己責任だ、と思うわけだ。

 社会性をもつ生物は利他的に行動している種が多く、利己的な個体は排除されていかざるを得ないのが自然である。

 アングロサクソン的な考え方は、近代になって主流になったわけだが、原理から考えていつまでも続くようには思えない。新自由主義の行きつく先は、よりカネをもうけることにたけた一人の人間だけが生き残ればよい、という社会であり到底、人類の本能とは相いれそうにない。

 日本は「不安症」にとりつかれた組織によってカネがため込まれ、また市民も不安症にかられて婚姻率が低下し、少子化という悪循環にある。たった一つの可能性として、日本人が古来より持ってきた自由奔放さと寛容さを取り戻すことが大事なように思え、社会構造もそのようにしていかなくてはいけないと思う。

 寛容さ、最近ますます失われている。除夜の鐘、騒動があったがそんなのもひとつの例である。









 景気がちっともよくならなかったり、賃金が上がらないのはこの国のメディアとか政治家(あるいはそれを利用する役人)が不安をあおるからだ。

 将来が不安、だから結婚しない、子供を作らない。ものすごく貯金をする。将来が不安なのは、やたらと借金がすごいとか宣伝するからである。

 実は、日本は世界有数の債権国である。どんなに景気が悪かろうと、世界情勢が悪化すると円安になるどころか円高になるのである。なぜ、円を買うか。資産を持っているから安全だと思われてるのである。ほかの国なら真っ先に通貨安になる。そして破綻する。

 金回りがとても悪い循環になっていて、その一因は銀行にある。銀行は国債の引き受け手であり、日本の国債はほぼ国内の銀行や投資家が手にしている。だから、国外から見ると無借金なのである。一方で、企業は銀行から金を借りない。さんざん貸しはがしとか見てきたから、新興産業ほど直接市場から資金を調達する傾向にある。

 銀行は貸し手が少ないから、国債の利子で運用されてるようなものである。そのツケを払うのは国民であり、サービス業や製造、農業である。その製造業も使い道もないキャッシュを、500兆円ほどもためこんでるのである。理由はつぶれるのが不安だからである。投資に回さないから余計に景気が悪くなるし、新しい技術が開発されないのだ。

 だいたい、老人になるまでにものすごい額の貯金が必要だとか言うからいけない。将来は安心ですよ、と保証してあげるだけで一気に解決されるのにやらないのである。

 やらない理由はよくわからない。外圧があるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。一般市民の知らないところでなにかがあるのかもしれないし、単にメディアが阿呆なだけなのかもしれない。

 だいたいだよ、アイスランドなんて規模は小さいかもしれないが、破綻国家にまでなってるのに今は堂々の復活である。

 楽天的でない国民性もよくないが、不安をあおるのはやめにしてほしい。今の日本は「うつ」状態にある、と私は思う。






 こいつらそろいもそろって、グローバリズムとかいう米国型資本主義に毒されている。

 KPIとは数値目標である。しかも、短期である。そんなもの、役に立つのは経営陣の現在の地位保安に過ぎない。

 数値目標でない目標、そういうのは日本では早くからできていて松下、井深、盛田そのほかの有能な経営者には全く重んじられていない。そもそも米国がスタンダードだと考えるから間違いがはじまるんだよ。

 きちんと責任をとりたくない、管理経営者が考え出したものである。

 げんに、これ採用した某大会社は大赤字だろうに。まったくもってなってなくぃ。その場の自分の責任が回避できれば、それでよいと思うから使うんだよ。
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