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丹沢山塊放浪記 その2

ここでは、「丹沢山塊放浪記 その2」 に関する記事を紹介しています。
買い集めたものを仕分けているうちに、もう夕闇が迫っていた。いざ、ザックに詰め込んでみると、一人当たり13キロ以上ある。「石田さん、これ無理だって。テント持ってくのやめようよ。」菊地が言い出した。

天気予報では夏並みの好天が続くと予報されており、簡易テントである「ツェルト」でもいけそうだ。テントをやめてしまえば、一人当たり10キロ少しで収まる勘定だ。石田は言った「そうするかあ。そのかわり、雨降っても覚悟するしかないよな」「降りそうにないですって、降ったらユーシン沢から降りましょうよ」「いや、今回ばかりは強行したい気分」みんな、黙ってしまった。もくもくと荷物をザックに詰めていく。石油ストーブもやめ、軽くて着火性の良いEPIのガスストーブにした。登山靴も重くていやだという話になり、低山用のトレッキングシューズにすることにした。その代わり、カッパだけは軽くて蒸れないゴアテックスの上物を持っていく。この辺りは徹底的に甘い。

色々と削りに削りまくっているうちに装備は一人当たり10キロにも満たなくなった。これなら、大倉尾根もなんとかなりそうな気分になってくる。荷物はヘッドランプ、コンパス、地図、食料あとは水筒とラジオくらいになった。シュラフはどうしようか、ということになったがさすがに持っていくことにした。この中で何が重いと言ったら食料だ。肉とか野菜、米なんぞ最悪だ。なので、パック食品とラーメン、餅にした。石田にもその方が近代的なヒマラヤ風に思われ、自己満足に浸った。ヒマラヤ登山隊でもガスストーブが標準だというではないか。

荷造りは夜十時くらいには終わり、おおよそのルートはあらかじめ石田がきめてあった。ルートを見て中島は愕然としてしまった。この、ルート、昨年某大学山岳部がツキノワグマに襲われたルートじゃねえかよ。しかも登山用の地図には「小径」を意味する破線が描かれている。大抵、山深くの「小径」なんて消えたりなくなったりしてることが多いのだ。気の弱い中島は黙っていることにした。今時、奥丹沢に登山する人など少なかろうが、クマ避けの鈴が何とかしてくれるに違いない、そう願った。十一時前に解散し、各自下宿にボロバイクで帰宅していった。バイクで段差を乗り越えるたび、背中で揺れるザックが重い。各自は心も重いまま、早朝集合に向け早いとこ寝ることにした。



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