FC2ブログ

短編小説 空沼岳 北海道の春 その4

ここでは、「短編小説 空沼岳 北海道の春 その4」 に関する記事を紹介しています。
目指す万計沼までは急な坂が続き、上部には何か所か渡河する部分もある。渡河といっても、大したものではないが、増水すると渡るのをためらわれることもある。一番、増水している可能性が高いのが中腹あたりの川であり、最後の万計沼手前ではほとんど沢登りのようになることもある。その年によって変わるので、なんとも言えない。

「三田村さあ、濡れるのやだよな」「さあ、場合と量によるよ」「まあ、どうせ濡れるんだし、着替えもあるしな」あらかじめ三田村の意思を確かめておかないと、途中で降りるといわれても困るわけだ。果たして、中腹の渡河箇所にさしかかった。河の水は以外に少なく、古い木橋の上を渡れば、それほどに濡れなかった。なんとかなった、と私は思ったが、同時にこれは山頂付近の雪解けが遅いことを意味する。万計沼まではいいが、そこからは想像もつかない。

渡河を終えてから、暫く歩き、ようやく万計沼下の最難部に到達することができた。いつものことだが、ここはぬかるんでいて、かつて滑落していった人を見たことがある。滑落といってもたいした岩場もなく、怪我もそれほどではなかったが。とにかくツルツルとしていて、しかも濡れているから歩きにくいわけだ。三田村の表情が険しくなってきた。「あと、十メートルも登れば平地だよ、頑張れ」三田村は無言で格闘中である。登山靴を岩の角に引っかけて私は先に登り終えた。三田村も続いた。「おおー。すごいじゃない」「結構ね。でも真簾沼の方がもっときれいだよ。万計小屋の階段で一休みしよう」「分かった」二人でタバコを吸いながら、一服していた。疲れもとれてきて、周囲を見渡す余裕もできた。それにしても静かだ。今日は誰も登っていないのだろうか。だが、私は静かな理由に気がついてしまった。だが、三田村には言わなかった。「三田村、ビール買ったか?」「買ってないよ」「馬鹿なやつめ」「いらないもの」「山頂に着いたら飲みたくなるに決まってる」「そうかなあ」そんな話をしていた。



関連記事
スポンサーサイト



コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
copyright © 2006 2020 文豪ストリーキング all rights reserved.