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小説 君の見える坂道 その四

ここでは、「小説 君の見える坂道 その四」 に関する記事を紹介しています。
第4話

 昇の、のろのろとした動きに知子は合わせて歩く。友子は手を強くにぎったり弱めてみたりした。友子はそうして昇の反応を見ている。昇は知子に強く手を握られて、見られるたびに恥ずかしく感じた。知子は首をかしげるようして昇の方を見ている。看護師のようだ、とさえ思った。


「そりゃ、知子さんのことはさぁ」


「好きなんだね、いいんだよ、素直に言えば。そうすると楽になれるよ」


 友子の言葉には少し挑発の気配があったが、昇には理解できていない。楽になれる、ってどういうことだろう、と。


「そんなぁ、ちょっと待ってよ」


「待ちたくないもん、じゃあ口に出して付き合いたくない、って言えば」


 友子はにやにやとしている。知子の強引さに改めて驚いた。困った。しかし、もう困っていてはいけないのかもしれない。そして、その、わずかな隙に、昇の疑問がなぜか解けた気がした。微分方程式でも不等式でもブール代数でもない何ものかの理屈と、説明できない何かの力がそれを自動的かつ、非常に速く問題を解いた。


 難問に思えたその理屈は、朝永振一郎博士の「繰り込み理論」のように、手に負えないかのように見えた全ての無限大を消し去り、一対の単純な解を生成した。ほんの一瞬の間に明確にされたその解は、複雑なように見えたが、すぐに非常に分かりやすい形式に変化した。解けた。それが昇の緊張を解いた。


「知子ちゃんのことは好きだ」


「そうだと思ってた、だって私もそうなんだもん。もっと自分に素直になったら」


 昇の歩みはいつしか自然なものになり、帰宅するまでのほんの三十分のうちに随分と話しをした。


「私は晩生だし、昇君はもうさっぱりのものすごい晩生なんだもの、いいじゃない、これ、人間として当たり前だよ」


「そうかな、さっきまではそうは思えなかった。そんな大それたこと」


「そんなものよ。私、ホントのこと言うと、あの子たちにからかわれて、それで開き直っちゃってさ、でもよかった」


 知子はぶっちゃけだした。


 小学生の頃、遊び回っていた頃を少し思い出した。缶蹴りで、走り回る友子に追いつこうとしている自分がそこにあった。友子が思いきり缶を蹴飛ばすところも想い出した。あのころから、ちょっとした魅力を感じていたのかも知れない、そう思った。


「ああ、いいんじゃないかな。今なんか少し変な気分だけど、悪い気はしない」


「悪い気はしない、ってあんまりかな。でも昇君だから仕方ないわね。他の子に言ったら殴られるからね」


 と知子は微笑して言った。なんで殴られなければいけないのだろうか、と昇は考えた。理解不能だ。


 知子の家と昇の家は近所だ。いつも坂道をすたすたと昇は考え事をしながら歩く。行きは登りなので、知子の足では追いつけないのだという。


「そうだったんだ、気づかなかった」


「そうだと思った」


 知子は笑顔で言った。夕暮れが迫り、西向きの坂道には太陽が最後の陽光を知子と昇に当て続けた。


「これからも一緒に登下校しようね、昇君」


「行きはだめだよ、考え事したいもの」


「考え事したっていいよ、別に一緒なら。私、明日から早起きして、いつも昇君の出る時間に間に会わせていくもの」


「そう」


 一言だけ昇は言った。


「ふふ」


 と友子は笑った。


「そう、だけね。相変わらずなんだね。きちんと、言わないといけないのよ、本当は。昇君だから許してあげるけど」


「本当はって、なにが」


「だから、もういいから。昇君なんだから、それで十分なの」


 友子の目はまた線になっていた。
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