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小説 別編 摩天楼は灰色だ その一

ここでは、「小説 別編 摩天楼は灰色だ その一」 に関する記事を紹介しています。
第1話 不思議な出会い

 その風俗店は「パラダイス」という、ごくありきたりな名前で繁華街の場末、裏通りにあった。ありがちなことに、表通りではなく裏通りに何軒か並んで同じような店がある。


 私は特に酒を飲んでいたわけではない。帰宅途中に、ついふらりと入ってしまったのだ。私は既婚だが、妻とは相性が悪く随分と接触していなかった。そんなこともあったかもしれない、あるいはそうではなかったのかもしれない。


 店内に入るとやけに愛想のいい中年男が


「いらっしゃいませ、いい子たくさんいますよ、お客さん、写真だけでも」


 と勧める。私はなんとなく、ごく地味そうな20代後半、と書かれた「まゆ」という女性を選んだ。特に声も出したくなかったので、手で指しただけだ。このような店に入ったのも、若い頃以来二回だけだし、慣れていなかった。中年男は言った。


 「何分コースにしますか、この子ならロングコースがよろしいかと」


 「何分まであるんですか」


 と私。


 「そりゃ、お客さんのご要望に応じていくらでも、なんですけど、そうですねえ、短いところで50分、60分、あと120分とか。二つコースをつけるともっと長くできますよ」


 とくに帰宅してすることもなかったので、私は「120分でいい?」と答えた。


 「それでは準備がありますから、待合室のほうでどうぞ。それほど時間はかかりませんから」


 果たして、「まゆ」なる女性は売れない子のようで、五分もしないうちに中年男から呼びがかかった。


 「まゆさんのお客様、準備できました。どうぞ」


 「はい...」


 私はおずおずと立ち上がり、中年男の後ろについていった。カーテンの前で、中年男は禁止事項をひとしきり述べた後で、カメラの方を向いてくれ、と言った。どうやら、女性側の知り合いであったり、いやな客でないか確認しているようであった。カーテンの後ろには女性が待機しているようであった。

 

「では、お客様、まゆさんです。どうぞお楽しみください」


 私は、まゆなる女性に軽く挨拶し、まゆも挨拶した。

 

「さ、行きましょう。手をつないでね」


 事務的な感じでまゆは言い、手をつないで個室まで連れて行った。

 

「このお部屋になります、どうぞ」


 まゆはドアを開けて私を招き入れた。


 部屋の中で椅子に座り、まゆとたわいもない会話をした。やがてまゆがごく自然な形で抱きついてきた。そういうものなんだろう、と私は思った。まゆは唇で私の唇を塞ぎ、しきりと舌を使った。私もぎこちなく応じた。しばらくそうしているうちに、まゆは手慣れた様子で私を脱がせ、自分の衣服も脱いだ。


 「シャワーにいきましょう」


 まゆは言った。まゆは少しだけ笑みを浮かべた。


 「お客さんみたいにおとなしい人、めずらしいね」


 「そうなの?」


 「そうね、このあたり飲み屋街が近いから乱暴な男が多いの」


 「そう」


 まゆはシャワー室の灯りを明るくした。まゆは思ったより清楚な感じで、ごく普通のOLのようにさえ見えた。美人というわけではないが、地味ではあるが一見真面目そうな顔をした、プロフィールにあったのより少し年上、30くらいの女性のように見えた。


 「どうしたの?」


 まゆが言うので、おずおずとシャワー室に入った。うがいをし、体を洗い終えると、まゆは私にタオルを渡し、少し待つように言った。私はシャワー室から出て自分で体を拭いた。まゆは自分の体を手早く洗うと、すぐにシャワー室から出て言った。


 「ごめんね、私が拭かなきゃいけないのに」


 「ああ、いいよ別に」


 「そう」


 まゆはしきりとタオルで丁寧に私を拭いた。そして、ベッドに仰向けになるよう私に言った。それから、まゆはひとしきりのサービスを始めた。やがて、私がそれほど興奮しているわけでもないと気づくと、随分と一生懸命にサービスを始めた。その刺激に、私も久しぶりの感覚を想い出し、すこしだけ酔った。あっ、と思ったときには私は果てていた。まゆは言った。


 「もっと楽しまないとだめじゃない、我慢しないと」


 あたりを清めながらまゆは言った。


 「いや、久しぶりだったし、少しだけ好みの女性だったものだから...」


 「まあ、お世辞うまいね。あなたもイケメンじゃない、こんなとこに来る必要あるのかしら」


 「だって、堂々と浮気するわけにはいくまい」


 「真面目さんなんだね」


 「そうではないから、ここにいる」


 「誰でも同じなんだって。どこかのお偉いさんも堂々と来てるよ。だから、あなた真面目だって言ってるの」


 「そう」


 「こういう場所でしょ、人によってキャラ作ったりとかね、結構疲れるのよ。でも、あなたは、そのまんまで良さそうな感じだったから楽だったし」


 「普段は何やってる人なの?」


 「そうね、事務よ。つまらないけど」


 「そう。これと両方では疲れてしまうね」


 「まあ本業はお給料が安いし。それに、ごくたまにあなたみたいな人が来るとうれしいし」


 「...」


 「お世辞じゃないよ。結構タイプだから、余計に力はいっちゃったかな。早くさせてしまってごめんね」


 「いや、いいよ。まだ随分時間余ってるね」


 「よければ二回戦とかもしていいことになってるよ」


 「もう元気ないよ、話でもしよう」


 言ったとたんに、まゆは私に押しかぶり、接吻をしてきた。私はまゆの背に手を回して抱いた。


 「なんか、ほっとするのよね、あなた」


 「そう、なんでまた」


 「なんでかな。分からないよ。私もそんなこと思ったことないから」


 「既婚でこんなことして、いいのかとも思ったりするよ」


 「そんな、男なんてそんなものだってここで分かってる」


 「そう。このあたりの人なの?」


 「うん、まあわりと近いよ」


 「随分と正直に言って、大丈夫なの」


 「信用できるかできないかって、女には分かるんだぁ。たくさん相手してきてるし」


 「そうだろうね。僕もその中のひとりに過ぎない」


 「そんなことないよ」


 「まぁ、商売がらだからお世辞はいいよ」


 「そんなことないって、言ってるでしょ!」


 まゆは少々怒りを帯びた調子で言った。まゆの目と私の目が合った。まゆは見つめている。


 「分かるでしょ、うそじゃないって」


 「ああ」


 「もう一度だけ、キスして」


 「いいよ」


 また接吻をしたが、まゆは随分と私をきつく抱いた。応えるように私もまゆの中肉のほどよい体を抱きしめた。


 「こういうの、するのより好きなの」


 まゆは言った。


 「僕も嫌いじゃないよ。むしろ」


 「抱き合ってるだけでいいの?何かする?」


 「しなくていいよ」


 「優しいんだね。もっと抱いて」


 私はまたまゆをきつめに抱いた。まゆは、私のあちこちに手を伸ばし、仕舞いには私に体全体をくっつけて感触を楽しんでいるようにみえた。そのうちに、まゆの動きが変わってきた。私を押し倒して自分からし始めた。まゆは5分もしないうちに、体を震わせて果てた。そのまま私たちはじっとしていた。


 「こういうの、してはいけないのでしょ」


 私は言った。


 「私がしたかったから、しかたないわ、ごめんなさい」


 「あやまらなくても」


 「そんな気なかったんだけど...」


 そのままの状態で二人で抱き合っていた。まゆは続けた。


 「ほんとに、そんな気なくて。中には客がほしくてそういうことする子いるらしいけど」


 「まあ、いいよ」


 「ごめんね。もしかして痛くしたりした?」


 「そんなことない」


 「夢中になっちゃって、ほんとにごめん」


 まゆはこの手の女性に似合わず、随分と恥ずかしそうにしていた。まゆは私の手を握った。


 「あんまり男の人にやさしくされたことなくって」


 「こういうところでも、優しい人はいるんじゃないのかな」


 「まあ、おじいさんとかはね。でも、あなたはそうじゃないから」


 まゆは続けた。


 「私はね、ほんとは祐子っていうの。ほんとだよ。一度結婚したけど、うまくいかなくて」


 「そう。可哀想に」


 私も名だけ名乗った。自分だけ言わないのも卑怯だとおもったからだ。


 「とても乱暴な人で。もう耐えられなくなってしまってね、自分から出ていって、その後手続きをしたの」


 「そう、でも好きだったのじゃないの」


 「いや、それほどじゃない。でも強引だからなんとなく」

 

 祐子は割と流されやすい人なのかもしれない。そう思った。


 「あのね、今日はこれであなたが最後なの」


 「そう」


 「よかったら、少しだけ飲むのに付き合ってほしい」


 「いや、お店に怒られるから...」


 「いいんだって。プライベートなんだから。じゃあ、福町の角にあるコンビニで待ち合わせね」


 「あまり遅くまでは無理だけど」


 「いいよ」


 「わかったよ。たのむから美人局とかはやめてほしいんだけど」


 「そんなことするわけないじゃない」


 祐子は今回は怒り顔をしながら、言った。


 「あそこなら、店にも分からないわ。いい、時間も決めてちゃんと約束しよ」


 「わかった」


 年がいもなく、約束ゲンマンをさせられた。その後、着替えて店を出た。


 「ありがとうございます、またのお越しを」


 店員の声が暗い街路に響いた。
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